星名理論と岡理論 14  タックルで相手を黙らせろ

温厚な岡先生を支えた松尾先輩

 日大のアメフットの危険タックル問題が騒がれたことがありましたが、私も同志社大学4年の時、タックルで相手を黙らせるよう指示を受けたことがあります。
岡先生 セピア1

  娘のまり子さんからもらった岡先生の写真

 指示をしたのは勿論温厚な岡先生ではなく、フォワードのスクラムのコーチとして岡先生を支えた同志社高校の先輩、松尾さんで、また指示もあのような悪質なものではなく、同志社高校の夏合宿でした。

 松尾さんは同志社高校の監督もしていて、夏合宿には私達OBも参加するのがしきたりでした。 午後の練習の前、松尾さんに呼ばれ「今日は試合に出てもらうから」と言われました。一緒のグランドで練習している大学のチームの監督から練習試合を頼まれたそうです。「相手には初心者が多く、試合は負けることはないけど、非常にガラの悪いチームで、監督はサングラスをして竹刀を持って選手をしばきまくってる。選手も不良みたいな風体した奴らばかりで、中には図体のでかいやつもいる。試合が荒れて、うちの選手にけが人が出たら困る。試合が荒れたら、お前を選手として出すから、タックルで相手を黙らせろ」

 松尾さん(故人)は豪快な人でした。40歳近い時、同志社大学の1軍の選手とスクラムをスパイクを履かず、裸足で組んで教えていました。高校生の私達にビールを飲ませたり、スナックバーに連れて行ったりで、今の時代だと大問題になるような人でしたが、大好きな先輩でした。

 「素人をタックルで黙らせるぐらい、私でなくても、もっと若いOBがいるのでは?」と、言ったのですが、「他の奴らは体が大きくて高校生には見えへん。お前なら痩せて細いからユニホームを着たら高校生でも通る」と言うことで試合用のユニホームを持って、「タックルで黙らせるには、どうすれば良いのか?」、と考えながらベンチの横で見ていました。

 でも試合は高校生が荒々しく圧倒して、幸いにも私の出番はありませんでした。

 それから数年後、社会人になり丸紅でラグビーをやらせてもらっている時、タックルで相手を黙らせてしまいました。

 作家の野坂昭如さんがアドリブクラブというラグビーチームを作って素人ラグビーを楽しんでいました。私の友人がそこのメンバーで、ある日丸紅の試合が終わった後、アドリブのゲームでメンバーが足りないかもしれないので、来てくれと頼まれました。友人が車で送り迎えしてくれるというので行くことにしました。でもなんとかメンバーが足りたみたいで、前半は私は見るだけでした。

 後半になって出て欲しいと言われて、バックスでは目立ちすぎるのでFWでということでナンバーエイトをすることにしました。

 モールやラックで目立たないように参加していたのですが、その度パンチを食らったり髪の毛を引っ張られたり、蹴られたりでだんだん頭に血が上ってきました。

 最初は偶然かと思っていたのですが、よく見ると私に仕掛けているのは相手の結構大柄なナンバーエイトで、私が痩せて細く、後半から出てきたので、初心者の選手だと思ったみたいで、私だけを狙っているみたいでした。

 その選手は色々他の選手にうるさく指示をしていたのでラグビーの経験者かもしれません。その選手がスクラムサイドをボールを持って走ってきたので、思い切りタックルに入り、担ぎ上げて地面に投げ捨てました。

 その選手はそのまま退場し、試合は再開されましたが、誰も声を出すことなく急に静かな試合になってしまいました。その時、松尾さんに言われたことを思い出し、「相手を黙らせろ」ということは、こういう事かと納得しました。

 コンタクトスポーツには危険がつきものです。その危険をできるだけ避けるためにルールがあると思っています。

 日大の話を思い出す度、同志社で、岡先生の指導でラグビーをして良かったと思っています。