星名理論と岡理論 75 主体的思考と戦略的な実践と長期的な視野

長期的視野での選手育成

 星名先生に教えていただいたのは、相手の動きに自分が合わせるのではなく、自分の動きに相手に合わせさせると言う主体的な考え方でした。
 岡先生から教わったのは主体的思考による戦略的な実践の仕方でした。岡先生に教えていただいたのは、もう一つ、長期的な視野での選手育成でした。

 これは大学ラグビーの特徴ではないかと思います。大学ラグビーは通常4年で卒業して、毎年新人を迎え、新しいメンバーでの選手構成が必要になります。選手の育成の期間は4年間しかありません。
 しかし、岡先生は選手の卒業後のことも考えて、ポジションの変更などを行っていました。

 私が2年生の時、星名先生が天動説の時代の地動説のような、全く真逆な考え方の極端に浅いアタックラインを同志社に導入された時、岡先生は私の外側のセンターに私と同期のFW(フォワード)の石塚を起用しました。
 石塚は1年生の時からFWのナンバー8(スクラムの最後列)で試合に出ていて、すごいFWの選手が半分の4人も卒業したその年の中心選手でした。その頃は試合には怪我人が出ても、交代は認められなかったので、この時はFWに優秀な選手が多く、FWの選手をバックスで使い、最強のメンバー15人で戦うとのことでした。
 
 日大に10人FWで勝利した時にはバックスに 二人のFWの選手がいました。第一列の西村(ウイングで起用)とナンバーエイトの石塚です。

 石塚は、同志社が日本選手権で優勝した時のキャプテンで日本代表のキャプテンも務めた、レジェンドの一人の石塚先輩の弟で、体も大きく、足も早く、パスもうまい、すごい選手でした。
 でも、私の動きは、常識はずれで、無茶苦茶なので、予測ができず、私の動きに合わせるのは大変だったみたいです。
 石塚が私の動きに慣れた4年生の春のシーズンに、今度は石塚をフォワードに戻し、2年生のフォワードのフッカー(スクラムの真ん中の選手)の黒坂を私の横のセンターにしました。黒坂は後に日本代表のフッカーにもなった、素晴らしい身体能力を持った選手です。

 これには私もびっくりして岡先生に文句を言いました。「石塚が私の動きにやっと慣れてきたのに、何故、黒坂なのか?石塚をフォワードに戻すのであれば、その後は黒坂と他のバックスの選手と競争させて、勝った方にしたほうが良いのでは?」「黒坂は将来日本代表になれる選手だ。しかし、それだけではなくて、もっとすごい選手になってほしい。そのためにはバックスのプレーも経験させたい。お前の横で、お前の走りについて行き、お前のパスを受けさせたい。来年はお前は卒業していない。今年しかお前と一緒にプレーができない。今ではないといけないんだ

 と言うことで、春のシーズンは黒坂とコンビを組むことになりました。
 岡先生には80分間のラグビーの試合での戦略の順序と時間配分だけではなく、長期を見据えた選手育成には、今、何をしておかなければならないのかを考える事を教えてもらいました。
岡先生 少しセピア